2013年11月28日木曜日

2001年宇宙の旅


「SF映画の金字塔」と呼ばれて久しい。

映画作家の中にも,数多くのキューブリックファン,「2001年」ファンがいる。
特にジェームズ・キャメロンの,「2001年」への偏愛ぶりには驚かされる。
「エイリアン2」の冒頭で「ガイーヌ」が流れた時には,耳を疑った。こんなに露骨に真似をして,恥ずかしくないのかと思った。
「アビス」は「2001年」を深海に移したような映画だ。スターゲイトのようなものまで出てくる。
SF映画のみならず,「トゥルー・ライズ」「タイタニック」にまで「青きドナウ」が流れていると,これはもう,キャメロンの愛を認めざるを得ない。

かくいう私も,「2001年」は数え切れないほど観た。

初めて観たのは,高校生の頃だった。
家庭用のビデオなどなかった時代で,劇場でのリバイバル上映だった。
映像の美しさと,内容の難解さに,呆然とした。

友人と,難解な謎について,時間を忘れて語り合った。

モノリスとは何か? スターチャイルドは何なのか?
答えが出ないから,いつまでも飽きなかった。

そして,社会人になり,学生ほどの暇がなくなるにつれて,観る機会も減っていった。




先日,BSで放映されていたので,久しぶりに観た。

若い頃と比べて,驚くほど印象が違っていた。もちろん,映画が変わったのではない。私が変わったのだ。


私が,大人になっていた。


若い頃は,モノリスは神だ,宇宙人の道具だなどと,さまざまに想像を巡らせたものだが,今になってわかった。

キューブリックだって,答えはわかっていないのだ。

わからないから,ただの黒い板にしたのだ。
(企画の段階では,モノリスは透明という設定だったという。当時は透明度の高い板が作れなかったのでやむなく黒にしたそうだ)




人間を進化させた何かがあったとしたら,おもしろいね。
それは,どんな形をしているのだろう?
人間を超越した存在の形や色なんて,人間が想像できるわけないよね。

キューブリックは,モノリスを通して,そう語っているのだ。

黒い板に,黒い字で 「わかりません」 と書いてあるのが見えるような気がした。

でも,それは決してふざけた態度ではない。わからないことをわからないと認めること,それこそ科学ではないか。

そうなのだ。この映画は,「人類はどこから来て,どこへ行くのか?」という疑問を観客に投げかけるだけで,それに対する回答など示してはいない。映画を何回観ても,答えが出ないわけだ。だって,映画は「わかりません」と言っているのだから。

そうとわかったら,この映画が,以前にも増しておもしろくなった。
スペースシャトルと宇宙ステーションが躍る,優雅なワルツ。
広大な宇宙空間での,ディスカバリー号の孤独。
呼吸音しか聞こえない,船外活動の息苦しさ。
意識を奪われていくHALの不気味さ。
もともと感じていた印象が,さらに魅力的になって目と耳を刺激する。
小賢しい,余計な思索など捨ててしまえば,この映画の美点がより鮮明になってくる。




おっと,もうスター・チャイルドが豪華なベッドの上にいるぞ。
この胎児が何を意味するのかって?
何でもいいんだよ。「人類が新しくなった」ってことだけわかれば,どう新しくなったかは,どう新しくなってほしいかは,各々が自由に考えればいいことさ。


そう,私だって大人になったのだ。
私はもう,自由なのだ。

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